通称ひかりごけ事件(ひかりごけじけん)は1944年5月に発覚した死体遺棄 死体損壊事件である。
この名称は武田泰淳が1954年にこの事件を題材とした小説『ひかりごけ』を発表したことによるものである。
太平洋戦争中、小樽へ向かう徴用船がシケに遇い遭難した。船から避難し、船員たちは知床半島ペキンノ鼻に降り立ったが、真冬の北海道で極寒のうえ雪と氷と吹雪に覆われた地域だった。徴用船の船長はすぐに他の船員たちとはぐれてしまったものの一軒の小屋(番屋)にたどり着く。やがて船員のうち最年少の少年(19)一人もその番屋に吹雪の中たどり着いた。二人はしばらくをそこで過ごしたが、やがて体力も消耗し食料もなく少年は息を引き取ってしまう。船長は彼の遺体を口にしてしまった。生き延びた船長は食人を認め殺人、死体損壊、死体遺棄の罪に問われ死体損壊罪で起訴されたが心神耗弱状態でのこととし減免され懲役一年の刑に科せられた。


















