菅生事件 (Wikipedia)
菅生事件(すごうじけん)は、1952年6月2日に大分県直入郡菅生村(現在の竹田市菅生)で起こった駐在所爆破事件。
日本共産党員が逮捕されたが、後に警察の「おとり捜査」であることが発覚し、無罪となった。冤罪事件の1つとして数えられ、フレームアップの一種ともされる。
1950年、朝鮮戦争の勃発によって、いわゆるレッドパージが本格化する。1952年4月には公安調査庁設置法案と破壊活動防止法案が国会に提出された。
他方で日本共産党は所感派が1950年に武装闘争方針を採り、農村に「山村工作隊」を組織。左右の対立は危険なものとなった。1952年5月1日には血のメーデー事件が発生している。




























































